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2025.09.18 誹謗中傷対策アスリートインタビュー

レジェンドアスリートと考えるスポーツとSNSの現在地

あなたのSNSの言葉が、誰かの一生の傷にも、力にもなるー。

feat. 為末 大さん・高橋尚子さん・皆川賢太郎さん

レジェンドアスリートスペシャル座談会

世界大会は、選手たちに大きな注目や期待が寄せられる一方、SNSでは心ない言葉が飛び交うことも。
あなたのそのひと言は、選手を傷つける「刃」になってはいないだろうか――?

SNSとの付き合い方、選手を励ます言葉について、レジェンドアスリートたちが語り合った。

為末 大さん

日本人初!世界大会で銅メダルを獲得
為末 大さん(元400mハードル選手)

1978年、広島県生まれ。男子400mハードル日本記録保持者。世界大会で日本人初のスプリント種目メダリスト。2001年のエドモントン、05年のヘルシンキと世界選手権2大会で銅メダルを獲得。オリンピックにはシドニーから3大会連続出場。12年に引退し、現在は会社経営、執筆活動を行う。

高橋尚子さん

シドニーオリンピック1位で“Qちゃんフィーバー„に!
高橋尚子さん(元マラソン選手)

1972年、岐阜県生まれ。1998年名古屋国際女子マラソンで初優勝、以来マラソン6連勝。2000年のシドニーオリンピックで金メダルを獲得。01年、ベルリンマラソンで女性初の2時間20分を切る世界最高記録(当時)を達成。現在はスポーツキャスターや解説者として活躍中。

皆川賢太郎さん

スキー回転で日本人として50年ぶりに入賞
皆川賢太郎さん(元アルペンスキー選手)

1977年、新潟県生まれ。1998年長野大会から冬季オリンピックに4大会連続出場。2006年トリノ大会男子回転で4位、日本人として50年ぶりの入賞を果たす。引退後、2015年に全日本スキー連盟常務理事就任。スノーリゾートの運営に携わるなど、スキー産業の発展に尽力している。

アスリート自ら発信できる「個人商店」のSNS

皆川:世界陸上が近づいていますね!僕が現役時代、世界中を転戦する中で「陸上ってすごいな」と思ったのは、とにかくどの国でも放送されていること。他のスポーツと比べても、競技人口や知名度は圧倒的だなと思います。

高橋:オリンピックは、ケニアでもリアルタイムで観られているそうです。一瞬の出来事を、世界中で同時に共有できて、歓喜を分かち合えるのはスポーツならではの素晴らしさですよね!

皆川:大ちゃん(為末さん)は世界陸上でメダルも獲っているけれど、今の選手たちをどう見ているの?

為末:我々の時代より、選手たちが強くなっていますよね。女子やり投の北口(榛花)さん、男子110mハードルの選手たちとか、日本の選手が世界に追いついている感じがします。

高橋:今やシューズの性能が進化したり、科学的な角度から準備したり、多方面の方々がスポーツに注力しています。例えば、競歩はメダルを獲るために、チームジャパンとして徹底的な暑熱対策を10年以上前から行っています。世界と比べても、科学的なサポートが上回っていて、それが選手たちの手助けにもなっているのではないでしょうか。

皆川:僕はお二人の活躍をテレビで拝見していましたが、今は選手が自らSNSで発信できる時代。いわば「個人商店」のメディアが増えています。自分を直接アピールできる一方、批判の矛先もすべて自分に向くというリスクもありますよね。

高橋:自分のことを、自分の言葉で知ってもらえるのは利点だと思います。ただ、事前のリスクや知識を得た上でうまく活用してほしいです。例えば、学生時代に成年の先輩と撮った写真にアルコールの缶が写っていたとします。自身が飲んでいなくても、その後活躍したときにさらされ、誤解から叩れるリスクもありますよね。将来を見据えて、SNSの取り扱い方を、子どもやその親もしっかり学ぶ必要があるなと思っています。為末さんは、SNSでよく発信されていますよね。どんなことを目的に使っていますか?

為末:僕は考えることが好きで、SNSを見ていると「問い」が浮かんでくることが多いんですよ。自分の発信に対して、何かコメントが来て「なるほどなあ」と考えるのが面白いなあと思います。

高橋:でも、SNSで「失敗したな…」と思うこともありますか?

為末:それはたくさんありますよ。僕の場合、不当に炎上したことはなくて、すべて自分の責任。それでだいぶ学習して、成長したなと思います。でも、選手に対しては不当な誹謗中傷もありますよね。

誹謗中傷ではなく、背中を押す言葉を

皆川:誹謗中傷って、一時的にわっと沸点が高まって、周りの興味が冷めた後に、当事者が傷ついたり、困ったりする。世間では「何の話だっけ?」と忘れ去られても、本人にとっては長い苦しみとなることもありますよね。

為末:誹謗中傷と対比されるのが、表現の自由。でも、自由に発信していい範囲の中に「お前なんて陸上やめちまえ!」みたいな言葉まで入ってくると、それは言いすぎなのでは?と。加えて、陸上のようなアマチュア競技の選手って、ある意味「普通の人」で、頑張っていたらいつの間にか有名になっていたというパターンが多い。急に注目されて、心ない言葉も投げかけられるようになる。何かしら守ってあげなきゃいけないなと思います。

皆川:今回の世界陸上では、無名の選手が一夜にしてスーパースターになることもあるだろうし、逆に期待されていた選手が苦戦することもあるかもしれない。JOCの「その道のりに、賞賛を」というキャッチコピーのように、誹謗中傷ではなくて、背中を押すような言葉をかけたいですよね。

高橋:選手って、最後は気持ちの部分がパフォーマンスに大きくつながります。心ない言葉は、これまでやってきたことを崩すだけの強さがあるんですよね。一方、選手が本当に苦しいとき、「最後の1ピース」となる大きな力を出せるのは、観客の声援や思いという〝後押し〟があるから。国立でそういう光景の中、輝いている選手たちを観られることを楽しみにしています。

為末:誹謗中傷って、大多数の声のように思えるけれど、最初の起点は7つくらいのアカウントだという研究もあるんです。選手たちには、前提として大多数の人が「あなたを応援している」ということを覚えておいてほしい。だから、批判的な声に対して縮こまらず、自分らしく競技をしてほしいですね。

現役時代のレジェンドを励ました「言葉」とは?

高橋:私の場合で言うと、2004年はアテネオリンピックにも出場できず、ケガで一年間一つも試合に出られなかったんです。批判を覚悟していたけれど、実際は「また復活して走る姿を楽しみにしているよ」とたくさんの方々から温かい言葉をもらいました。陸上選手としては最悪の年、でも人間としてはいい一年だったなと思います。どん底から這い上がり、翌年、東京国際女子マラソンで優勝しました。実はレース後、「自殺を考えていたけれど、街頭テレビであなたの優勝インタビューを聞いて、もう一度頑張ろうと思いとどまった。今の人生があるのは、高橋さんのおかげです」という手紙が届いたんです。順位やタイムという成績ではない、もっと人間的なところで「存在意義」を見いだせたことが、うれしかったですね。

為末:選手としてスランプに陥ったとき、高野 進先生(男子400m元日本記録保持者)に間接的にかけられた言葉です。記者の人が「為末くん、このまま駄目になっちゃいますかね」と聞いたら、「いや、あいつはそんな器じゃないでしょ」って言ってくれたと。自分のことを、誰かひとりでも信じてくれていたら頑張れることってありますよね。

皆川:ほんとそうだよね。僕は、競輪選手の父から「ずるい人間にはなるな」と言われて育ってきたんです。競技でも、仕事でも、選択に迷ったときはその言葉が「秤(はかり)」になっています。

高橋:言葉って、形に見えないし、価値を測れるものではないけれど、大きいもの。その一言で救われることもあれば、刃物のように鋭く傷つくこともある。それってアスリートに限ったことではないですよね。スポーツをきっかけに、自分の投稿が「誰かを不当に悲しませるものではないか」を、今一度考えてもらえたらうれしいですね。

東京2025世界陸上 応援MOOK 『GET SET GO』より

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