東京2020オリンピックでは2個の金メダルと1個の銀メダルを獲得する活躍を見せたのが橋本大輝選手だ。パリ2024オリンピックでは悲願である団体総合金メダルを含めた3冠を目指す。オリンピックチャンピオンとして体操競技を牽引する若きリーダーの思いに迫る。
――東京2020オリンピックでは、初のオリンピック挑戦でしたが、2個の金メダルと1個の銀メダルを獲得され、このOLYMPIANでもお話を伺いました。あらためて当時を振り返ってみて、オリンピックという舞台をどのように感じましたか。
オリンピックはスポーツ界の中でも最も大きな祭典といわれていて、注目される度合いも大きいです。毎年日本代表に選ばれて世界大会に出場しますが、オリンピックでは応援されていることを特別に強く感じました。僕は日頃プレッシャーをあまり感じることがないのですが、試合が終わり、オリンピックチャンピオンになってホッとした感覚があり、実は意外とプレッシャーを感じていたのかもしれないと思いました。 結果を出したことで、周囲の変化を感じました。本当に大事にしてもらっている感じがするので、逆にそれで僕もつい気を遣ってしまうということもあります(笑)。たくさんのメッセージをいただいたり、いろいろなことに挑戦する機会をいただいたり、取材をしていただくことも増えました。これは、体操競技やスポーツを広めることに貢献できるのでうれしいこと。これがオリンピックチャンピオンになるということなのだと実感しています。
――オリンピックを含めていろいろな経験を積み重ねてきた中で、成長を感じていることはありますか。
数々の試合を経験して、自分の演技に自信がついてきたとは感じています。東京2020オリンピック以前は、挑戦者という立場で挑んでいました。オリンピックをはじめ、数多くの試合で結果を出せるようになったからこそ、少しずつ心の余裕が生まれ、演技だけでなく精神的な面でも成長できていると思います。
――橋本選手が考える体操競技の魅力を教えてください。
挑戦しやすいというところだと思います。個人競技として個人それぞれの目標を持ちつつ、チームとしての目標も持てる。2つの目標を同時に設定できるので、夢や目標を持ちやすいところだと感じています。個人の目標が達成できた時も、チームの目標が達成できた時も、それぞれに喜びがあります。 体操競技には無限の可能性があります。僕自身まだまだできない技が多いですが、それは挑戦できるということでもありますし、それがうまくできた時には、子どものように無邪気に喜ぶことができます(笑)。何度でも挑戦できて、何度でも失敗できる。簡単にできないからこそ、できた時の喜びが大きい。つねに自分の成長を感じられる競技だと僕は思います。
――体操競技は自分との闘いという側面もありますが、得点を競い合うライバルとの戦いでもあります。ライバルは、いい刺激になると同時に、時にはプレッシャーとなり自らを追い詰める存在にもなりえます。橋本選手はそんなライバルのことをどのように考えていますか。
自分を追い越していく人たちもいます。そういうライバルがいるからこそ負けたくないと思いますし、さらに成長したいと思える自分がいます。彼らに負けない、自分自身の成長につなげたいという思いがあるからこそ、自分の弱点に焦点を当ててそれを強みにできるようにして、少しでも他の選手と競う時に有利になる状態を作っていきたいと思って、自分の体操を見つめています。
――自分を見つめつつ、他の選手にも目を配ることは、バランスが難しいのではないかと感じます。
自分と他者は、全く同じではないので、基本的に割り切るようにしています。体操競技は個性が出る競技ですが、人それぞれの良さがあり、自分には自分の良さがあると思います。個人競技ですが練習する仲間もいるので、彼らの練習、演技、試合の映像を見たりしながら、「この技は面白そうだな」「この人はどうやってこの技を実現しているのだろう」などと思った時にはコミュニケーションをとるようにしています。ただ、自分と他者を比較するのではなく、他の人にもそれぞれ良さがあると尊重することはすごく意識しています。
――ライバル選手の練習への取り組みやご自身の感覚をお話しすることで、誰かの参考にしてもらうということもあるのですか。
自分の技の感覚を他人にも伝えるように心がけています。その場合も、なるべく押しつけにならないように、あくまで「自分はこうやっている」と他者に伝えて、「大輝はそうやっているのか」と思ってもらうようにしています。ただ、アドバイスをすべき時には、その選手に合った動きを指導することを大事にしたいので、「君はケガが多いからこういう練習の方が合っているのでは?」「あなたは、練習量を積める人だからこうやってどんどん成長していったほうがいい」といったように、その選手の身体や特徴を把握した上で、指導や試合を通しての経験や練習の取り組み方などを伝えるようにしています。他の選手のレベルが上がれば、体操競技全体のレベルが上がると思いますし、僕は他人から練習を見られるのが苦ではないので、自分の練習を見てもらったり、僕が思ったことを口に出してアドバイスしたりしています。
――自分のことだけでなく、体操競技界全体のレベルアップのために貢献されているのですね。
オリンピックを経験した立場だからこそ、自分自身の結果を出すだけでなく、もっと体操競技のレベルを上げていかなくてはいけないと思っています。試合後にLINEなどで「感動したよ」「勇気をもらったよ」とメッセージをいただくことも多く、自分たちの演技で見ている人たちに与えられるものがあると感じました。だからこそ、チームメイトや別の所属の選手たちであっても、彼らにアドバイスしたり、少し聞いたりもします。ライバルとは試合で戦う関係ですが、割り切ってコミュニケーションをとっています。
――体操競技を楽しむ仲間としては、ライバルたちも実は最も近い関係なのかもしれませんね。
はい、そうだと思います。
――今年はWBC、昨年はサッカーワールドカップが大きな話題となりました。橋本選手が他の競技から、刺激を受けることはありますか。
僕は他のスポーツを観ることが多くて、WBCもサッカーのワールドカップも観ていました。自分のことではなくても、プレーがうまくいった時のうれしさは大きいですよね。他の競技は割り切って観て楽しみながら刺激をもらう程度でそこから何かを学ぶということまではあまりないかもしれませんね。ただ、以前、WBCで侍ジャパンに選ばれていた佐々木朗希選手と同い年ということで対談する機会をいただいたのですが、彼から、試合の次の日にめちゃくちゃ動くということを聞いてびっくりしたことがありました。僕は試合の翌日は疲れてしまって動かないので、彼の話を聞いた後は、ストレッチや軽いトレーニングなどしてみようと考えました。そうやって考えると、勉強になったこともありましたね(笑)。今後いろいろなアスリートとお話しする機会があれば、勉強して、自分のためになるものを得たいと思います。
――私自身、お話を聞きながら学ばせていただいていますが、橋本選手ご自身も含め、アスリートはこうして他人に大きな影響を与えていくものなのでしょうね。
僕たちアスリートは、自分を成長させるために挑戦し、失敗を経験します。だからこそ経験値がすごく高まるのでしょう。アスリートは、同じアスリート同士に限らず、あらゆる方々と話して影響を与えたり、受けたりすることができます。僕は、さまざまなことに挑戦できる環境を整えることで、いろいろなことを得ることができればいいと思っています。
――現役大学生でもあります。周囲のご友人から声をかけられることも多いのではないですか。
キャンパスを歩いていて「写真を撮ってください」と声をかけられることもあります。皆さんが知ってくれている分、少し恥ずかしさもあって、つい早足で歩いてしまうこともあります(笑)。応援されている、認知されているということはありがたいと思っています。
――22年にはTEAM JAPANのシンボルアスリートにも選ばれました。橋本選手はどのように受け止めていますか。
選ばれて大変うれしいです。とくに、体操競技はオリンピックでのみ注目されるマイナースポーツだと考えているので、オリンピック以外でもさまざま発信できる機会が多くなることはありがたいです。体操競技に限らず、スポーツを「する」だけではなく、「観る」「支える」の視点も含めて、スポーツに参加していただき、一人でも多くの方が「スポーツはやはりいいな」と思ってもらえるようになったらいいですよね。スポーツの良さ、魅力などいろいろなものを伝えることに挑戦していきたいので、この立場をプレッシャーに感じることもなく、自分の考えを発信するチャンスだととらえています。
――23年4月に行われた全日本体操個人総合選手権では3連覇を果たしました。あらためまして、本当におめでとうございます。
ありがとうございます。優勝できて、とりあえずホッとしています(笑)。今年に入って1月から腰痛のケガもあって練習が積めない時期が長く、ようやく練習を始められたのが全日本選手権のある4月に入ってからでした。6種目の演技をすることに対する不安がありましたが、試合形式での通し練習を一度だけやった時に結構いいパフォーマンスができたので、集中して自分自身の演技ができれば優勝できるだろうと思っていました。ケガもあり、欲を出さずに一つ一つ丁寧に演技できたことができたのがよかったと思います。ただ、思っていたよりもベストなパフォーマンスはできなかったので、また少しずつ練習を積み、9月に始まる世界選手権にピークを持っていきたいです。
――練習が積めない不安は大きかったと思うのですが、具体的にどのような面で不安を感じていたのでしょうか。
一番の不安は6種目を演じるスタミナと2日間通して実施する体力でした。練習でも試合形式でやっていましたが、試合になるとさらにきつくなると思っていました。とくにこの大会は2日間の試合なので、1日目にいいパフォーマンスをしても、より大事な2日目に疲れを残してミスが出てしまえば優勝を逃してしまうことになります。どこまでパフォーマンスできるかは不安もありましたが、うまくコントロールできたと思います。
――スポーツをしているとさまざまな苦難や困難がつきまといます。そうしたストレスはどのように発散するのでしょうか。
全日本体操個人総合選手権で勝つことができて、今はすごくホッとしています。今年に入ってからケガをしてしまいましたが、実は気持ちの中ではすごく余裕を持てていました。昨年は練習でうまくいかないことがすごく多くて、考えすぎたり悩みすぎたりしていたので、今年は「自分がやるべきことをやればうまくいくだろう」というように切り替えて考え、割り切ってやることを意識していました。 ストレス発散法についてはあまりないんです。最近心がけていることは、「常に前を向く」ということ。失敗した時に、「今、何がダメだったのか」と考えることも大事ですが、「次はどうしようかな」と、あえて失敗のことは断ち切って、次に自分がどうしたいかという行動に結びつけていくようにしています。失敗をした際に、「では次にどうしなくてはいけないか」と考えてしまうと、その「やらなくてはいけない」という義務感のようなものが生まれてしまうので、そうではなく、「次はこうしよう」「こうしたい」と考えるようにして、練習に取り組んでいます。
――そうした考え方の変化はどのようなきっかけで生まれたのでしょうか。
全日本個人総合選手権に向けて、内村航平さんから2月にお食事に誘っていただきました。ただ、その時はちょうど腰のケガが発覚した後で、モチベーションが上がらず、不安や焦りがありました。いろいろなことを相談して、その時に、「大輝なら大丈夫、本当に焦らなければいい」という声をかけていただいたんです。いろいろ気にかけてくださっていたとは思うのですが、「大輝はこういう練習していたし、こういうことをしてきているし、それを変わらずにできていれば大丈夫」と航平さんの口から聞けたことで、どんなことがあっても焦らずにできている実感はあります。
――内村さんも橋本選手の成長を感じていらっしゃるのでしょうね。それにしても、橋本選手レベルのアスリートも、レジェンドである内村さんの言葉にグッとくるのですね。
そうですね。美味しい食事をいただき、さらにうれしい言葉が聞けて一石二鳥の夜だったと思っています(笑)。
――いよいよ、パリ2024オリンピックが開催されます。橋本選手の意気込みを聞かせていただけますか。
気づけば、東京2020オリンピックはもう2年前の出来事で、パリ2024オリンピックはもう来年に迫っています。時の流れをものすごく早く感じます。ただ、1年1年焦らずやっていこうと思っていますし、今さら焦ってもかえってケガなどにつながりかねないので、代表選考まで落ち着いて競技と向き合っていきたいと思っています。 パリ2024オリンピックでは、個人総合と種目別鉄棒での金メダルを獲得して連覇を実現し、そして東京2020オリンピックで逃した団体総合での金メダルを確実にとって3冠を達成したいと思っています。とくに、個人総合と団体総合は絶対金メダルをとる気持ちで、今後も練習に取り組んでいきたいです。
――ありがとうございます。目標も明確ですね。くれぐれもケガなどには気をつけていただき、頑張ってください。
はい、ありがとうございます。
橋本 大輝(はしもと・だいき)
2001年8月7日生まれ。千葉県出身。兄の影響で6歳から体操を始める。18年、全日本ジュニア選手権団体で優勝。19年、世界選手権団体総合で銅メダル獲得。同年、体操個人総合スーパーファイナル個人総合で優勝を果たす。21年、全日本個人総合選手権で初優勝。同年、全日本体操種目別選手権鉄棒決勝では内村航平選手を抑え優勝。東京2020オリンピックでは史上最年少で個人総合を制覇、種目別鉄棒でも金メダル、団体総合では銀メダルを獲得した。22年6月、TEAM JAPANシンボルアスリートに選出される。同年、世界選手権では個人総合金メダルを獲得。オリンピックとの個人総合2冠達成は、日本では内村選手に次ぐ2人目の快挙となった。順天堂大学所属。
注記載
※本インタビューは2023年5月2日に行われたものです。