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2023.06.30 Athletes’ Voices

Athletes’ Voices 【パリにかける想い】 苦難の先の光を見据えて

桃田 賢斗

 長年にわたって日本男子バドミントン界のトップを走り続けてきた桃田賢斗選手。彼を突如襲った交通事故、苦杯をなめた東京2020オリンピック……、競技生活最大の苦しみを乗り越えて、パリ2024オリンピックに向けた戦いに挑む桃田選手が、現在の胸中を語る。

弱さを認める強さ

――パリ2024オリンピックまで1年あまりです。現在の状況をどのようにとらえていらっしゃいますか。

 最近はあまり納得のいく成績を残せていないですが、自分なりに模索しながら少しずつ状態も良くなってきて、日々の練習に対しても前向きに取り組めていると思います。

――具体的な課題はありますか。

 自分が考えているイメージと、実際に自分が実行しているプレーの質に差がある気がしているので、その差を埋めるために体づくりから積極的に取り組んでいます。練習量を増やしていくことで、自分の中でも自信を持ってプレーできつつあるのかなと感じています。

――桃田選手ほどのアスリートから「感覚がずれている」というような話を聞くと意外に感じる方も多いのではないかと思います。イメージと現実のギャップというのはこれまでにあったものなのでしょうか。

 これまでそうしたギャップを感じたことはなかったのですが、2020年に交通事故に遭った時に、自分の中で積み上げてきた経験や技術が全てゼロになってしまった感覚がありました。弱くなっていることを認めたくない気持ちと、もっとやれるはずだという気持ちが整理できないまま、ずっとモヤモヤした時期が続いていました。「ここが足りない」という部分をしっかり明確にして、普段の練習から「自分は弱い」ということを素直に認める強い気持ちを持てたことが、最近少しずつ復調してきている要因だと思います。

――「自分自身を弱いと認める強さ」という言葉には深さを感じます。モヤモヤした思いを吹っ切ることができたきっかけは何だったのでしょうか。

 少しの期間休ませていただき、実家に帰って、両親と昔の話をしたことだと思います。自分でも満足のいく戦績を出せていた時は圧倒的な自信がありました。一方、戦績が出ていない今、どうやって自信をつけようと考えた時に、やはりひたすら練習するしかないと気づいたんです。自分ではずっとストイックに練習できているつもりだったのですが、練習そのものの方向性や、バドミントンに対する気持ちを少しあらためたほうがいいのかもしれないと感じました。  バドミントンは基本的に現役生活が短いスポーツです。自分もあとどのくらいプレーできるかわからない今、「悔いだけは残したくない」「やり切りたい」と思い練習に取り組んでいます。自分の足りないところを見つめて、逃げることなく練習に取り組めるようになって、プレーも変わってきたのかなと思っています。

桃田 賢斗選手(写真:ロイター/アフロ)

特別だったオリンピックの舞台

――東京2020オリンピックは1年遅れで開催されました。初めて出場したオリンピックはいかがでしたか。

 以前は、「オリンピックに対してどういう気持ちですか」と質問された時に、「普段の大会と変わらない」「やることはいつもと同じだろう」と思っていたんです。実際にオリンピックに出てみると、1球に対する選手たちの熱量や緊張感が全く違うと感じましたし、試合が終わり、負けた後も、自分の中にすごく込み上げてくるものがあって、オリンピックはいつもの大会とは違って特別なのだとわかりました。 「4年に1度だから簡単にミスをしないようにしよう」と考える選手もいれば、「4年に1度だから楽しもう」と思い切りのいいプレーをする選手もいます。自分は前者のタイプで、東京2020オリンピックでは不完全燃焼のまま気持ちが引いて負けてしまったのですが、4年に1度しかない大会でいつも通りのプレーをする難しさを実感しました。負けたくないけど思い切りよく大胆にプレーしないといけない。そんなメンタルのバランスを保つことが難しいと感じました。

――オリンピックを経験した桃田選手だからこそ、パリでの戦いに期待が高まります。

 東京2020オリンピックの時よりも、そういう気持ちはすごく強くなっていますし、準備の仕方も変わってくると思います。5月から始まるオリンピック出場枠をめぐるレースでは、経験を活かして、悔いのないように戦っていきたいと思います。

――まずは、オリンピックに出場するための戦いが待っていますが、どのように向き合っていこうとしていますか。

 オリンピック出場がほぼ決まっているような選手は、今からオリンピックに向けて照準を合わせられるとは思うのですが、今の自分が置かれている立場はそうではありません。雑草魂のような気持ちで、一戦一戦死に物狂いで戦っていくつもりです。  かつては、かっこいいプレーや綺麗なプレーを目指していましたが、今は形なども関係なくとにかく1点1点を貪欲にとりにいかないといけません。がむしゃらに戦って勝利していくことで、自然と自信も地力もついてくるのではないかと思います。

――桃田選手には、人一倍多くの困難が立ちはだかってきたように感じます。その都度、どのように乗り越えようとしてきたのでしょうか。

 自分が苦しい時に、必ず周りの方々が本気でサポートしてくださいました。「このまま終わっちゃダメだ」と何度も気づかされて、周りの人への感謝の気持ちが生まれ、皆さんに恩返ししたいという気持ちが今の自分のモチベーションになっています。

――さまざまな経験を乗り越えた今、桃田選手は、ご自身の魅力や成長をどのようにとらえていらっしゃいますか。

 勝てていた時の自分はすごく自信もありましたし、堂々としたプレーができていました。「あの頃はよかった」と思うこともありましたし、交通事故を経験した後は、「自分はあの車に乗っていただけなのに……」と何回も考えてしまっていました。でも今は、そういった全ての出来事を自分の中で受け止めて、何か意味があるからその出来事が起きたと思えるようになりました。この状況を乗り越えられれば、自分自身さらに強くなれると思っています。以前と比較して、自分のどこが成長したのかと聞かれると、正直なところ明確に答えることができません。ですが、それも今後、「ここが成長した」と自分の言葉で具体的に伝えられるようにしていきたいと思っています。ここからパリオリンピックに向けて厳しい1年が始まりますが、単なる勝ち負けの結果だけではなく、過程も含めて新しい自分を見つけていけるような1年間にしたいと思います。

周囲への感謝を胸に

――バドミントンに限らず、スポーツは対戦相手がいるから楽しめます。勝ちたい気持ちを育むこともすごく大事な反面、それが強すぎて周りにキツく当たってしまう選手もいると思います。桃田選手は、対戦相手やライバルの存在をどのようにとらえていますか。

 コートで対峙した時は、やはり「負けたくない」「勝ちたい」という気持ちを持っていますが、苦しい時やしんどい時にこそ、そういったライバルやチームメイトのおかげで頑張れていることを感じます。  正直なところ、これまでライバルたちにしっかり勝ってきたタイプでした。最近になって、自分がうまくプレーできない中で、周りに対してイライラしてしまったり、感情的になってしまったりする場面が増えてきました。ただ、イライラしている感情を出してしまうと自分の弱さを外に出してしまうことになるので、熱くなっている自分を俯瞰してグッとこらえて耐えることも必要です。気持ちを一度落ち着かせてメンタルをコントロールすることがプレーの質を高めることにつながってくると思うので、最近はそういう部分を大事にしています。

――トップアスリートに共通していることの一つに、感情を全て爆発させてしまわず、どこか冷静に自分を律することができるという点が挙げられると思います。感情を爆発させて勢いをつけることも大切ですが、クールに自分を見つめられるところも合わせて大事になるのかもしれませんね。

 そうですね。バドミントンは21点を先に取る競技ですが、「あの時、ああしておけばよかった」と1点の重みを痛感することも多々あります。これは、私生活においてもそうで、ぐっとこらえるところ、自分を俯瞰してみるところが大切です。そしてそれは、おそらく競技にも活きてくるのではないかと思っています。

――トップアスリートの宿命なのかもしれませんが、本当は「もっと自由にやりたい」「もっと楽に生きたい」ということもあるのではないかと感じます。どのようにストイックさを保っているのでしょうか。

 正直なことを言えば、「感情を爆発させながら生活できればどんなに楽だろうか」「そっちの方が楽しいだろうな」と思うこともあります(笑)。でも、いろいろな方々にサポートしていただいてバドミントンができていますし、現役が終わるまでは自分を律することを大切にしながら生活しないといけないと思っています。もちろん、どうしても気持ちが追いつめられてしまう時もあるので、気を許せる仲間とご飯に行ったり、映画を見たり、音楽を聞いたりしてオンオフの切り替えをしています。

――最もリフレッシュできるのはどんな時ですか。

 僕は話すことが好きなので、チームメイトとご飯に行ったりするのが一番楽しいですね。時には弱音を吐いて励まし合う時もあれば、「それは、そうじゃないんじゃないかな」とアドバイスし合うこともあります。最近は、自分の中でそうしたメンタルをうまくコントロールできていると感じています。

――バドミントンは個人種目ですが、チームメイトや周りの仲間の存在も大きいですね。

 そうですね。自分自身、一人では何もできないので、周囲の皆さんの力を借りながら踏ん張れていると思います。

――桃田選手が考えるバドミントンという競技の魅力を教えてください。

 バトミントンのシャトルは時速400km以上の速度で飛んでくる、スポーツの中でも最も球が速い球技です。でも、ただ強打すれば勝てるわけでもなくて、しぶとく粘る人もいれば、繊細なシャトルタッチで相手を翻弄する人もいます。シャトルの速さももちろん魅力的なのですが、コートという限られたスペースの中で繰り広げられる駆け引き、絶妙なタイミング、コントロールなどにも合わせて注目していただくと、バドミントンをもっともっと楽しく見られると思います。自分自身、昔を振り返ってみると、相手のタイミングをずらす、相手の裏を突くという駆け引きの部分がすごく面白いと感じて、バドミントンの魅力にはまっていきました。

――そういう桃田選手のプレーを見て、バドミントンを始めたいなんていう子どもたちが増えたら最高ですね。

 そうですね。そういう選手になれるようにもっともっと頑張っていきたいです。

桃田 賢斗選手(写真:アフロスポーツ)

挑戦し続けることの大切さ

――桃田選手は、TEAM JAPANシンボルアスリートに選ばれています。そのポジションについて、どのような思いを持っていらっしゃいますか。

 たくさんのアスリートがいる中で、このような名誉ある立場に選んでいただいたことはありがたいことです。自分自身にプレッシャーをかけるわけではないですが、自分だからこそやるべきこともあると思いますし、この役割に誇りをもって責任を果たせるように、気持ちをしっかりもって堂々と表現していきたいです。

――桃田選手の思いがより多くの方々に伝わることを期待しています。あらためて、パリ2024オリンピックに向けて意気込みを聞かせてください。

 まずは、オリンピックに出られるかどうかが最大の問題で、「オリンピックで絶対に金メダルをとる」と、今、はっきり言うことはできません。おそらく苦しい1年になると思いますが、オリンピックレースを戦うからには、パリ2024オリンピックを目標に、そして、そこで勝つことを目標に頑張りたいと思います。スポーツをやっていれば勝ち負けはつきものです。負けることもあると思いますが、そこで一喜一憂することなく、一戦一戦の中で後悔のないように何度でもその壁にぶつかっていきたいと思います。

――おっしゃるように、誰もが勝利を目指しながら、全員が勝利することはできないのがスポーツです。負けた時には悔しい思いをするわけですが、勝った時以上の学びを得られることが多いのも事実。ただ、そうはいっても負けを受け入れるのは難しいものですよね。桃田選手から、未来のスポーツ界を担う皆さんに伝えたいことはありますか。

 負けた試合の中でも、自分のいい部分や悪い部分などを発見できるといった収穫が必ずあります。一方で、今までの努力を否定されたような気持ちになってしまうこともあります。そのような時には心が折れそうになります。また、ケガが続いてしまった時には、本当にくじけそうな気持ちになるでしょう。ただやはりそれでも、逃げずに、迷わずに、挑戦し続けることが大事だと思っています。  誰もが、苦しい、うまくいかないと感じることがあるでしょうが、でも、挑戦し続ければ必ずいいことが絶対あると思っています。もちろん、100%絶対にいいことがあるとは言い切れないわけですが、仮にその道で成功しなくても、そのトライし続けたことが必ず他のことにも活かせる財産となるはずです。僕も諦めずにトライし続けるので、若い世代の皆さんにもチャレンジし続けてほしいと思います。

――パリ2024オリンピックを終えた時に、桃田選手が晴れ晴れとした気分でいらっしゃることを期待して応援したいと思います。

 はい、ありがとうございます。頑張ります!

桃田 賢斗選手(写真:ロイター/アフロ)

■プロフィール

桃田 賢斗(ももた・けんと)
1994年9月1日生まれ。香川県出身。小学1年でバドミントンを始める。2012年、世界ジュニア選手権男子シングルスで日本人選手初のジュニア世界一に輝く。15年12月、全日本総合選手権初優勝。スーパーシリーズファイナルズでも男子シングルスで日本人初優勝を果たす。18年8月、世界選手権男子シングルスで日本男子初の金メダルを獲得。19年3月、伝統ある全英オープンでは日本勢初優勝。21年4月、シンボルアスリートに選出。同年、東京2020オリンピックで初出場。22年12月、全日本総合選手権で5回目の優勝を果たす。NTT東日本所属。

注記載
※本インタビューは2023年4月25日に行われたものです。

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