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2024.10.08 Paris2024 Medalists’ Voices

学びを極めてつかんだ強さ ー 減量との戦い、メンタルの成長、すべてが金メダルへとつながっていた(レスリング・樋口黎)

悲願の金メダルを獲得した樋口黎選手(PHOTO:Bradley Kanaris/PHOTO KISHIMOTO)

樋口 黎

リオデジャネイロ2016オリンピック銀メダルの悔しさは、減量失敗が原因で東京2020オリンピックでも晴らすことができなかった。パリ2024オリンピックでつかんだ8年越しの金メダルはまさに悲願という言葉がふさわしい栄冠だった。

たどり着いた金メダル

――念願の金メダル獲得、本当におめでとうございます。一夜明けてどんなお気持ちかお聞かせください。

 ありがとうございます。試合で金メダルをとらないといけないプレッシャーと減量と、いろいろあったので、あまり寝られない日もありました。金メダルを獲得できた昨夜も、興奮でなかなか眠れなかったのですが、だいぶスッキリして、今日からはぐっすり眠れそうかなと思います(笑)。ホッとしているというのが一番大きな心境です。

――リオデジャネイロ2016オリンピックで銀メダル。東京2020オリンピックで50gの体重オーバーで出場権をかけたマットに上がることができませんでした。振り返っていただいて、樋口選手にとってどのような8年だったでしょうか。

 リオデジャネイロ2016オリンピックで金メダルをとって、東京、パリと3連覇しないといけないくらい大きな期待をされていたと思います。それがリオデジャネイロでは銀メダルに終わり、東京では体重の超過もあって、本当にたくさんの挫折を味わってきました。それでも支えてくださって、背中を押してくれている皆さんがいました。ここまでやってこられたのも、日本のレスリングを応援してくださった方々のおかげだと心から思っています。

――そうやってつかんだ金メダルに勇気をいただきました。本当におめでとうございます。

 とんでもないです。こちらこそ、ありがとうございます。

TEAM JAPANの活躍を追い風に

――初日は不戦勝から始まり、2回戦、準決勝と10点差以上つけるテクニカルスペリオリティでの圧勝が続きました。その時点ではどのような手応えを感じていたのか教えていただけますか。

 僕は、レスリング競技の中でも最軽量級の57kg級で、減量との戦いがあります。準決勝で上がってくるだろうと予想していた2022年世界選手権王者のゼリムハン・アバカロフ選手(アルバニア)も、かなり減量に苦しんだようで動けていませんでした。その面で、今回僕は減量もかなりうまくいって、これまで勉強してきたことが試合にすごく活かせていたので、いい初日の動きで良かったと思います。

――一夜明けて、いよいよスペンサーリチャード・リー選手(アメリカ)との決勝ということになりました。この試合は緊張感のある大接戦になりましたが、どのようなお気持ちで試合に挑まれていったのでしょうか。

 ジュニア時代からアメリカでほとんど負けなしの選手で、ほんの一握りしかもらえないアスリートの賞を受賞している選手でしたので、もちろん弱い選手だとは思っておらず、ものすごく強いだろうとは思っていましたが、それでも最初から圧倒して勝つというイメージを持ってずっと練習してきました。ただ、組み合った瞬間からリー選手のパワフルさ、力強さがすごくて「これは接戦になるだろう」と感じ、つねに泥くさく攻め続けてスタミナで勝たなくてはいけないと思って戦いました。最後は気持ちで勝ち切ることができたので、悪くなかったと思います。

――組み合った一瞬でそれだけいろいろなことが伝わってくるのですね。

 そうですね。その相手が狙ってくる片足タックルや組み合った時にわかります。僕も自分のフィジカルにはものすごく自信がある方なのですが、相手の力強さは57kg級 とは思えないくらいのパワフルさを感じたので驚きました。

――レスリングをはじめ、TEAM JAPAN全体でいいニュースがたくさん聞かれました。樋口選手にとって追い風になったのか、プレッシャーになったのか、率直にどのようなお気持ちでしたか。

 僕は追い風に感じました。パリ2024オリンピックの前半、同じ会場で柔道が行われていて、 同じ日本体育大学出身の阿部一二三選手が活躍されていて、ものすごくパワーをもらいました。そのいい流れをつなげてくれたおかげで、僕もその期待に応えなければいけないと感じて、高いパフォーマンスが出せたと思います。

――母校の話も出ましたが、樋口選手にとって切っても切り離せないご縁のある文田健一郎選手が一足先に金メダルを獲得されましたね。

 彼とはフリースタイルとグレコローマンということで別ではあるのですが、中学生のレスリング全国大会から同じ階級でずっと切磋琢磨しあってきた仲です。彼は初日で金メダルをとってホッと一安心していた様子だったので「羨ましいな」という思いもありましたが、自分を奮い立たせて試合に臨むためのきっかけになったと思います。

――試合後には、コミュニケーションされましたか。

 文田選手とは同じ選手村の同じフロアなのですが、彼が試合後に金メダルをTEAM JAPANの仲間に見せていました。僕は絶対触らないようにして、「絶対自分が金メダルをとってやる」と思って試合まで高い集中を続けてこられました。祝福の気持ちと同時に「自分も負けないぞ」という気持ちでいました。

――本当の意味のライバルですね。

 はい、そうですね。

樋口黎選手は「高いパフォーマンスが出せた」と満足感を示した(PHOTO:Enrico Calderoni/AFLO SPORT)

実を結んださまざまな分野の研究

――減量の苦しみについてお話しされていました。軽量級を保ちつつ、体調も整えなければならないことは大きなご苦労がありそうだと感じます。

 リオデジャネイロ2016オリンピックでは前日計量で翌日1日の試合だったのが、東京2020オリンピックに向けて計量ルールが変わり、試合がある2日とも当日朝に計量をクリアしなくてはいけなくなりました。減量がなかなかうまくいかず、根本的に何かを変えないと、たとえ計量がクリアできたとしても、試合で高いパフォーマンスが出せないと感じました。東京2020オリンピック以降、ボディビルやフィジークで減量を得意とするような選手のいいところを研究するなど、だいぶ慣れてかなりうまくなったと思います。減量の知識ができて、学ぶことの楽しさにも気づくことができたこともいい経験になったと思います。

――樋口選手が一人のレスリング専門家として自分自身を見た時に、どんなところが素晴らしいと分析しますか。

 東京2020オリンピック以降、減量のことだったりレスリング以外のことだったりについて、僕自身ものすごくフォーカスするようになりました。自分自身、メンタルはすごく強い方だったのですがメンタルトレーニングを取り入れるようになったのも、フィジカルトレーニング同様、やらない限りそれ以上伸びないと考えたからです。メンタルトレーニングをはじめ、減量の知識、栄養のとり方、休養のとり方、睡眠時間、どれくらい練習を休みどれくらい練習しないといけないのか……。フィジカルやテクニックだけでなく些細なことまで気を使って、もうこれ以上はできることがないというくらいの状態でパリに来ることができました。試合を観ているだけだとやっていることは同じように見えるかもしれませんが、片足タックルだったり腕とりだったり、一つ一つの質がすべて上がったと実感することができたと思うので、皆さんにも目を凝らしてよく見ていただければうれしいです。

――これから活躍する子どもたちのためにも、オリンピックチャンピオンとなった樋口選手が考えるレスリングの魅力を教えていただけますか。

 レスリングの魅力は、相手を倒したり、うまくコントロールしてポイントをとったり、道具を使わないでできるスポーツであるところです。投げ技やタックルなどがかかった時には、レスリングでしか味わえない楽しさを感じることができます。あまりメジャーではないですが、道具を使わないスポーツというのも貴重だと思うので、ぜひ近くのレスリング教室で楽しんでいただければと思います。

――金メダリストとしてぜひこれからもご活躍ください。本当におめでとうございます。

 ありがとうございました。

樋口黎選手(PHOTO:Enrico Calderoni/AFLO SPORT)

■プロフィール

樋口黎(ひぐち・れい)
1996年1月28日生まれ。大阪府出身。4歳からレスリングを始めて全国少年少女選手権では5度優勝。中学の全国大会で3年連続3位、高校2年生の8月のインターハイから卒業するまで、インターハイ2連覇、国体2連覇を含めて負けなしとなる。2016年リオデジャネイロオリンピック男子フリースタイル57㎏級で銀メダルを獲得。その後、階級を上げるも結果は伴わず、21年東京2020オリンピックのアジア予選では57㎏級に挑戦したが、計量で失格し代表入りならず。22年世界選手権男子フリースタイル61㎏級で優勝、23年世界選手権男子フリースタイル57㎏級で2位になった。2大会ぶりの出場となった24年パリ2024オリンピックでは男子57㎏級で悲願の金メダルを獲得した。(株)ミキハウス所属。

注記載
※本インタビューは2024年8月10日に行われたものです。

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