パリ2024オリンピックのTEAM JAPAN、レスリング勢最初のメダリストとなったのが尾﨑野乃香選手だった。準々決勝で敗れながら、その敗因をしっかりと分析し、敗者復活戦を勝ち上がり銅メダル獲得へと結びつけた。21歳の若きメダリストに話を伺った。
――尾﨑選手、銅メダル獲得、おめでとうございます。今、どんなお気持ちでしょうか。
ありがとうございます。朝起きてベッドの横に置いておいた銅メダルが自分の手元にあるのを見て、「私は本当にオリンピックメダリストになったんだ」「ここまで来たんだ」という思いになりました。ただやはり、金メダルを目標にしてきたので、すごく悔しい思いもあります。その悔しさは残っているのですが、今までの努力を自分の中でたたえたいですし、自分のことを褒めたいと思います。
――対戦型の競技の場合、唯一負けてもらうメダルが銀メダルですよね。一方で、金メダルと銅メダルは勝ってもらえるメダルなので、悔しさの残り方が違うともお聞きしますが、実際に銅メダルは素晴らしい結果ですので、本当に胸を張ってほしいです。女子レスリング勢としては今回最初のメダルとなりました。他の競技も含めてTEAM JAPANは調子も良かったですが、それはプレッシャーになったのでしょうか。
そうですね。レスリングチームの初日ということで、そこは身構えたところもありました。オリンピックを迎えるに当たって、初日はどのような会場で、どのような雰囲気で試合をするかが全く分からない状態からのスタートでしたので、そこで戦い抜く力がないといけないと思って臨みました。いっぱいイメージトレーニングもしたのですが、その効果もあって緊張せずに試合ができたと思いますし、前半で柔道が行われていた会場だったので、日本からテレビを通して柔道の観客席や会場の雰囲気などを観て勉強して、自分がその舞台に立っている姿を想像していました。
――試合の話を聞かせてください。準々決勝で敗れましたが、あとわずかというところで、勝利が逃げてしまったような印象でした。ご自身としてはどのように振り返っていますか。
敗因を突き止めてそれを活かすことができたので、負けてしまってから立て直すことができて、そこから2勝できたと思います。世界は「攻めてくる日本」というのを前提に対策していて、私に関してもタックルで行くということをすごく警戒されていたと思います。攻めていく、タックルに入るというのはリスクもあることだというのを私はちょっと忘れかけていました。攻めさえすればすべて良いわけではなく、攻めとディフェンスのバランスというのか、「今、行けばいい」「今は行くべきじゃない」という判断を自分でできなければいけません。自分も試合をしている最中に、「あ、この選手はディフェンスが強い」と思ったにも関わらず、「いつも通りの自分らしいレスリングをしよう」と考えてしまいました。そこは私の選択ミスだったと思います。そういう相手選手に対して、もっと慎重に戦って、相手のことを探りながらもっとチャンスをつくってから攻めに行く手堅いレスリングができていれば良かったという悔いがあります。攻めが基本とはいえ、ロサンゼルス2028オリンピックに向けてやっていく上ではそこは大きな課題になると思います。
――敗者復活戦、3位決定戦と完封勝利。その2試合は本当に観ていて安心できるような強さでした。冷静に敗因を分析できたことが大きかったですか。
敗者復活戦で勝たなければ3位決定戦に進めません。3位決定戦に勝たなければメダルもとれません。ですので、1試合ずつ「メダルのために」と強く思いました。勝っているなら攻め急がない。自分が優位なら相手の攻撃を鉄壁のブロックで止める。冷静に勝ちにこだわり、6分間戦い切る。そんな思いでやらないといけないと再確認できた敗戦だったことが、その後の2戦につながったと思います。
――パリ2024オリンピックに出るまでの選考レースも大変だったと思います。日本人選手同士の戦いが厳しいように見えますが、尾﨑選手はどのように受け止めていたのでしょうか。
日本人同士となると、やはり緊張感も変わってきます。お互い手の内を知っているということもありますし、レベルが高くなってくると、なかなか点が入らないロースコアの試合になってきます。日本人のレスリングはみんな似ていると私は思っていて。攻めることが前提にあって、そこに対してどう攻め込むか、そしてあとはディフェンスという形になってきます。日本と海外ではレスリングスタイルが違うので、日本で勝つ勝ち方から少し工夫しないと世界では勝てないということも今回は思い知らされました。国内予選と海外の試合で思いは変わらないですが、注意する部分は少し変わってきます。日本人は淡々と2点を重ねてとっていくイメージですが、外国人選手は、4点技など大技で大量点をとるのがうまかったり、ラストまで何をしてくるかわからないというか、トリッキーな部分が多かったりというイメージです。
――尾﨑選手は21歳とお若いですが、すごくしっかりされていますよね。言語化能力の高さを感じます。
本当ですか。うれしいです。
――子どものころからそうだったのでしょうか。それとも、大学で学ばれている中で言語化能力が高まってきたのでしょうか。
昔から、結構得意な方なのかもしれません。2018年に、高校生でユースオリンピックに行った時も、取材していただいた方から「高校1年生とは思えない」と言っていただいたうれしい思い出があります。自分では分からないですけども(笑)。
――レスリングの専門家として、尾﨑選手自身を客観的に見たときに、どのようなところが素晴らしいと評価しますか。
レスリングに対する思い、金メダルをとりたいという思い、そしてその先に皆さんにいい影響を与えたいという思いは、すごく強い選手だと思います。日々の練習も一生懸命やって、面白いレスリングを見せたいとも思っています。今回のオリンピックでは、攻めることがすべてではないと感じましたが、それでもやはり私の持ち味は攻めることです。レスリングを始めたころから攻めるレスリングをしてきたので、そこはこれからもずっと変わらずにやっていきたいです。そしてそれが、面白いレスリングにつながると思っています。ですが、何度も言うように、守りの部分と攻めの部分がバランスのいい選手になる必要があるとも思います。今回62kg級から68kg級に階級を上げたのも、どん底を見て、それでも「オリンピックに行きたい」という気持ちが強かったから。何か目標をもって、それを達成するために頑張っている姿を見せたいと思いました。そして、それができる選手だと思っています。
――初めてオリンピックに出場して、他の国際大会との違いを感じましたか。
試合は他の大会と同じような気持ちで戦えたのですが、選手村で他競技の選手と交流ができるところはオリンピックならではと思いました。また、日本から応援する方々がこれだけ多く来てくれることはないので、それも本当にオリンピックの力だと思います。これだけいろいろな人たちが私に期待してくれている。これこそがオリンピックですし、私が戦いたいと思ってきた舞台なんだと改めて感じました。
――選手村ではどのような選手と会われたのでしょうか。
アメリカの陸上競技選手、(シャカリ・)リチャードソン選手を見かけました。自分が大好きな選手なので、見かけただけなのですが、おそらくご本人だと思います(笑)。これがオリンピックなのか、という感じでした。
――尾﨑選手は幼いころはいろいろなスポーツをしていたそうですね。他のスポーツをやっていたことが良かったと感じることはありますか。
私の両親は、スポーツだけでなく、自分の好きなことをたくさんさせてもらいました。絵画や水泳やダンスなどもそうですが、どんなことに興味が湧くのかを両親は見ていて、選べる選択肢がありました。だからこそ、私はレスリングを選びました。
――レスリングが一番楽しいと感じた決め手はどういうところでしたか。
まず、危険ではないスポーツであると分かってほしいです。ぶつかって怖いとか思われがちですが、そんな感じではありません。道具も使わないですし、いろいろなスタイルを選ぶことができる。私はタックルが得意なのですが、タックルで相手を倒すという技を教わった時に、「なんて気持ちのいいスポーツなんだろう」と思ったんですね。レスリングの魅力は、人それぞれ十人十色のレスリングのスタイルがあるところ。だからこそ、相性の良い悪いもありますし、そういうところは面白いと思います。
――あまり質問されることはないけれど、本当はこれだけは伝えておきたいといったメッセージはありますか。
レスリングは、観ていて過酷そうに見えますか。
――パワーもスタミナも必要ですものね。相手も皆さん屈強そうですしね。非常に過酷なのではないかと感じます。
私たちのユニフォームから筋肉が見えますよね。筋肉トレーニングもすごくしているのですが、そういうかっこいい体をどのようにつくったのかにも注目してほしいです。日本だと女子は細い方が可愛いといわれることが多いじゃないですか。私たちのような体つきの素晴らしさももっと理解してほしいですね。ユニフォームから見えている筋肉も、タックルでつぶれた耳も、大変な努力の賜物です。レスリングは美しくて綺麗なスポーツで、しかも、女子レスリングは強くて可愛さも兼ね備えているといったところも伝えてほしいと思います。
――同じ階級の先輩に当たる浜口京子さんがレスリング女子を「つよかわジャパン」とおっしゃっていましたね。
本当ですか。まさにそう思います。私もそちらのイメージで発信していきたいです。
――素直にかっこいいものをかっこいいと褒めればいいということですね。
そうです!もっとそう言ってほしいです。
――楽しいお話をありがとうございます。本当に「おめでとうございます」とお伝えしたいと思います。
ありがとうございます。これからも頑張ります。
尾﨑 野乃香(おざき・ののか)
2003年3月23日生まれ。東京都出身。オリンピック3連覇を達成した吉田沙保里さんに影響されて、シドニー2000オリンピック日本代表で総合格闘家の宮田和幸さんが主宰するBRAVE GYMでレスリングを始める。16年、17年の全国中学生選手権で2連覇を果たす。その後も多数の国内大会で優勝を重ね、22年全日本選抜選手権で東京2020オリンピック金メダリストの川井友香子選手を破り優勝。同年世界選手権で初の金メダルに輝く。同24年パリ2024オリンピックでは銅メダルを獲得した。慶應義塾大学所属。
注記載
※本インタビューは2024年8月7日に行われたものです。
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