ドーハアジア大会
第15回アジア競技大会(2006/ドーハ)
ドーハの熱き風〜スペシャル現地レポート
「勝つべきときに勝つ」ために
文:折山淑美
競泳で見えた勝利への執念
北島康介選手(写真提供:アフロスポーツ) |
「昨日優勝できなかったから、とりあえずは金メダルにこだわっていたというのもあるし。記録は良くなかったけど、ホッとしたって言うのが正直なところですね」
アジア大会4日目の12月4日。競泳男子100m平泳ぎで優勝した北島康介は、安堵した表情を見せた。
泳ぎ自体は決していいとは言えなかった。優勝は当然と見られていた前日の50mでは、スタートで足を滑らせてカザフスタンのポリヤコフに完敗し、「今日こそ、勝たなくてはいけない」というプレッシャーがあった。慎重になったスタートでは、浮き上がりで遅れをとる。50mはトップで折り返したものの、そこから相手をなかなか突き放せず、慌てたような泳ぎになってヒヤヒヤさせるほど。急仕上げで間に合わせた8月のパンパシフィック選手権に比べても、伸びの足らない泳ぎ。記録は1分01秒13と平凡だった。
だがこの日北島にとって最も大切だったのは、泳ぎの完成度より勝利だったといえる。どんな形でも勝っておき、余裕を持って7日の200mに臨むこと。そこで来年3月の世界水泳、さらには北京オリンピックへ向けたステップとしての手応えを得るのがこの大会の大きな目標だからだ。
勝つべき時に勝っておく。
山本貴司選手(写真提供:アフロスポーツ) |
棟田康幸選手(写真提供:アフロスポーツ) |
それは北島だけでなく、前日の100mバタフライではベテランの山本貴司が実践していた。03年世界水泳と04年アテネオリンピックでは200mでメダルを獲得。だが1年間の休養を経て復帰した今季は、得意の200mでは代表になれず50mと100mでの出場。この大会の200m代表になった柴田隆一、松田丈志とのハイレベルな代表争いを勝ち抜くためにも、この大会で復活の狼煙(のろし)を上げておく必要があった。52秒54での優勝は、まさに勝つべき時に勝つ方法を熟知している彼の、計算ずくの優勝とも言える。この勝利が大会初日の200mで中国の呉に敗れた2人のライバルに対しても、少なからぬ脅威を与えたはずだ。
また同じ日の女子200m背泳ぎで優勝した中村礼子も、ライバル伊藤華英が不在だからこそ勝っておかなければいけない大会だった。風邪を引き、予選はレース直前にもどしてしまう最悪の体調で2分15秒22の4位通過。だが決勝では2分10秒33と上手くまとめ、2位以下に1秒近く差をつける圧勝。ライバルたちに底力を見せておく上でも貴重な勝利だったといえる。
苦しみながらも勝利した柔道・棟田康幸
だが逆に、"勝つべく時に勝っておく"ということを実践できずにいるのが4日までの柔道だ。競技初日の男子100kg超級の棟田康幸は苦しみながらも勝利を手にした。井上康生も参戦したこの階級での戦いが、これまで以上に厳しさを増している現状をしっかりと意識する彼にとっては、一息つける勝利だっただろう。だが、100kg級の石井慧は相性のいい相手に攻めあぐんで準優勝と、打倒・鈴木桂治へ勢いをつけることができなかった。さらに2日目も金メダルを手にしたのはオリンピックを制している70kg級の上野雅恵のみ。3日めの12月4日には女子57kg級の佐藤愛子と男子73kg級の高松正裕が決勝まで進出しながらも、ともに1本負けで銀メダルに終わるという勝負弱さを見せている。柔道はまさに、9月のW杯での苦戦をそのまま引きずっているような、残念な状況だ。
勝利の味を知ることなく、より大きな勝利へたどり着くことはない。勝てる時だからこそ、より以上に勝つことへの執念を持つ。それこそが、世界を究めるためには最も重要なことだろう。アジア大会の残る会期。日本選手たちの、執念あふれる勝負魂を何度目撃できるか楽しみにしていたい。
(2006.12.5)
折山淑美 : 長野県出身、神奈川大学工学部卒業。スポーツライター。
主な著書に「誰よりも遠く-原田雅彦と男達の熱き闘い」「末續慎吾×高野進-栄光への助走 日本人でも世界と戦える!」「北島康介—世界最速をめざすトップアスリート」など、多数。