JOCが年1回発行している広報誌「OLYMPIAN」では、東京2020オリンピックでメダルを獲得した各アスリートにインタビューを実施しました。ここでは誌面に掲載しきれなかったアスリートの思いを詳しくお伝えします。
渡名喜 風南(柔道)
女子48kg級 銀メダル
■日本代表選手団メダル第1号
――女子48kg級での銀メダル獲得おめでとうございます。この銀メダルが東京2020オリンピックでの日本代表選手団メダル第1号となりましたが、率直な感想としてはいかがでしょう。
金メダルをとって日本の良いスタートを切りたかったという気持ちが強かったですが、銀メダルでもたくさんの方が良いスタートを切れたと言ってくださったので、そういう面では良かったと思います。
――銀メダルを獲得できた最大の要因はどこにあったのでしょうか。
最後負けてしまったので何とも言えない気持ちではあるのですが、倒さなきゃいけない相手だったダリア・ビロディド選手(ウクライナ)を準決勝で破って、決勝に上がれたという点は、自分のなかでも我慢して辛抱強く戦えたと思っています。
――試合直後には、「自分の弱さが出てしまった」というコメントがありました。そのあたり、具体的に教えていただけますか。
今まで自分が負けてしまった試合は、勝ちにこだわりすぎてしまうあまり、自分のことが見えなくなって負けてしまうことが多かったのですが、このオリンピックでも、その点まだまだ未熟な部分だなと感じました。
――次のパリオリンピックまで3年です。その間にもいろいろな国際大会があると思いますが、今後いかに克服していくかなど、何か現時点でプランはありますか。
まだ全然考えていないのですが、たくさんの方に背中を押してもらって戦った東京2020オリンピックでした。また、試合後にもたくさんのメッセージをいただきましたので、自分の中ではまた頑張ろうという気持ちは強いです。
――大会後の報道を見ている中で、「一喜一憂しない」とか「死ぬこと以外かすり傷だよ」などといったお母様からかけられた言葉が大変印象的でした。ご家族や地元・相模原の方に伝えたい思いはありますか。
母もそうですが、自分が勝っても負けても、いつも家族がいろいろな言葉をかけて背中を押してくれたことはすごく力になりました。
■勝っても負けても相手をたたえたい
――相模原からは、同級生でいつも同じ道場で切磋琢磨してきた芳田司選手や、1学年上の田代未来選手と一緒に東京2020オリンピックに出場することになりました。お二人と一緒にこれまで過ごしてきて、あるいは、活躍を見て何か感じたことはありましたか?
中学の時から二人はトップクラスで戦っていました。一方で私は、県大会で勝つこともできない程度だったので、すごく二人の存在が刺激的で、いつか自分も二人と同じくらいのトップレベルの選手と戦いたいという気持ちでずっと練習をしてきました。
今回、東京2020オリンピックに三人とも選ばれました。出場するにあたって自分が初日だったので、二人の分もというよりも、相原中学卒業生として良いスタートを切りたいという気持ちで挑みました。
――大会後にお二人から言葉をかけられたりとか、逆に渡名喜さんの方からお二人に言葉をかけたりというようなシーンはありましたか。
言葉というよりは、お互いに感じとっているというか……。すごくキツかった時を乗り切ってきた仲間なので、お互いにとくに言葉はかけていないですが、自分の中ではすごく心強い二人です。
――他の代表のメンバーとは違う思いがお二人にはありますか。
そうですね、はい。
――客観的に渡名喜選手ご自身の柔道家としての長所や魅力はどのように思っていますか。
畳の上でも常に相手を敬うことは心掛けているので、自分が勝っても負けても相手をたたえたいという気持ちは強いですね。
――その相手をたたえたいと思ったきっかけはあるのですか。
2017年の世界選手権で、私が優勝した時に、相手がモンゴルのムンフバット・ウランツェツェグ選手でした。負けたムンフバット選手が、自分と最後に握手するというシーンがあったのですが、その時に「おめでとう」と言ってくれたんですよね。そんなに負けてすぐに切り替えができる人はそうそういないと思ったんです。とくに海外の選手であればなおさらそういう選手はいないと思い込んでいたのですが、その姿勢がいいなと感じました。自分がしてもらってうれしかったことなので、自分もそういう気持ちをもって挑みたいと常に思っています。
――その後からは、試合後には勝っても負けてもリスペクトを表現しているということですね。
そうですね。
■自分を信じて日々を過ごす
――今回、東京でのオリンピック、日本武道館が会場でしたが無観客でした。渡名喜選手はどのように感じていたのでしょうか。
大会ではたくさんの方の応援が耳に入ってくる状態なので、その点では少し寂しい気持ちではありましたが、試合前にメッセージをくれたりする方もたくさんいたので、それが力になりました。
――今回のような形での開催は、マイナスばかりではなかったですか。
そうですね。その点について良くも悪くもないという感じですかね。
――無事に大会ができたことは良かったですよね。東京2020オリンピックは新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受ける大会となりました。そして、1年延期があっての開催でした。渡名喜選手がこの1年間、力を入れてきたことや取り組んできたことはありますか。
組手の部分が少し甘いと自分で思っていたので、その組手に関しては丁寧に時間をかけて準備することができたと思います。
――その点が大会の本番でも活かされたという手応えはありましたか。
全ての試合を通して組み勝てていた面が多かったので、自分のなかでは1年延期によって組手の部分はすごく成長できたと感じることができました。
――選手によっては延期に対してネガティブに捉えて難しいと思った人もいると思います。渡名喜選手にとっては、プラスに働いた側面もあったということですね。
そうですね。はい。
――このような状況下でのオリンピック開催は賛否両論ありました。その点において渡名喜選手が感じていたことや伝えたかったことはありますか。
希望を失っている人が多くいることを感じていたのですが、私の試合を見て、「明日から頑張ろうという気持ちになった」などと言ってもらうことができました。そういう言葉を聞くとやっぱりスポーツの力はすごいなと感じました。
――渡名喜選手に憧れてオリンピックを目指すお子さんたちもいらっしゃると思います。未来のオリンピアンに向けて、また渡名喜選手が所属されていた相武館吉田道場の後輩たちに向けて一言お願いします。
一つひとつ自分がやるべきことを着実に積み重ねていけば、必ずそれは自分のものになると思います。自分を信じて日々を過ごしていってほしいです。
(取材日:2021年8月1日)
■プロフィール
渡名喜 風名(となき・ふうな)
1995年8月1日生まれ。神奈川県出身。9歳で柔道私塾「相武館吉田道場」に所属し、柔道を始める。2017年の世界選手権では、初出場で金メダルを獲得。18年、19年の世界選手権は、決勝でウクライナのダリア・ビロディド選手と戦い、2年連続の銀メダルとなった。21年、初出場となった東京2020オリンピックでは、女子48㎏級で銀メダルを獲得。日本勢メダル第1号となった。パーク24(株)所属。
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