~第6章~
発展期
「JOC女性スポーツ専門部会」(2002年設立)
証言者:山口香氏(日本オリンピック委員会 理事・女性スポーツ専門部会長)
山口香氏は、柔道世界選手権で日本人女性柔道家として初めて金メダルを獲得したほか、ソウルオリンピックでもメダルを獲得するなど、日本の女子柔道界でパイオニア的存在である。現在は日本オリンピック委員会(以下JOC)女性スポーツ専門部会の三代目部会長を務める。山口氏は女性スポーツ専門部会の前身である「女性スポーツプロジェクト」が発足した当時から委員として関わり、2011年より3代目の部会長として活動している。
JOC女性スポーツ専門部会ができた経緯、社会的背景
1994年に第1回世界女性スポーツ会議が開催され、決議文として「ブライトン宣言」が採択された。当時日本ではその存在は知られていなかったが、小笠原悦子氏の働きかけにより2001年アジア女性スポーツ会議が開催され、そこでJOCがブライトン宣言に署名する運びとなった。しかし当時日本では女性スポーツに対する問題意識は薄く、課題も明確ではなかったため、今後の方策に向けて各競技団体の代表から意見聴取することを目的として「女性スポーツプロジェクト」が設置された。その後1年間の準備期間を経て、2002年に「女性スポーツ部会」が発足した。
当時問題意識の薄かった日本での部会発足は、小笠原氏が働きかけを行った当時の専務理事である小粥義朗氏の先導なしには実現しなかった。小粥氏は旧労働省出身で女性の地位向上に通じていたこともあり、女性とスポーツに対する問題に対し真摯に向き合い、このムーブメントの先頭に立った。また国際オリンピック委員会(以下IOC)も、1996年から世界女性スポーツ会議を開催し、スポーツにおける男女平等推進のイニシアチブを取る姿勢を表明していた。そのため、IOCからも強い働きかけがあり、競技面以外の方策についてはIOCに言われるがままという姿勢ではあったものの、JOCとして取り組まざるを得ない状況であったという。
最近になり、スポーツ界の不祥事が多発しているが、そんな時こそ組織の体制を見直すチャンスであると山口氏は語った。風通しのよい組織運営のためにも、今までの体制を見直し、様々なバックグラウンドを持つ人々からのアイディアが求められる。組織におけるダイバーシティ実現の1つの方法として、女性人材登用が考えられるため、各競技団体の女性役員増加に取り組んでいる。
どのような働きかけを行ったか、工夫
山口氏は自身の出身種目であり、2013年に初めて女性役員が誕生した柔道を引き合いに、女性役員のいない各競技団体の背中を押すような取り組みを行ってきた。当時、(現在も同様であるが)「役員となりうる女性の人材がいない、または断られる」という理由をどの競技団体も挙げたが、その解決方法として、競技経験者以外の人選や外部からの登用といった具体的なアドバイスを行った。
またスポーツの今後を考えた際に、女性登録者のための競技力向上方策やサービスは必須であり、それには女性役員による視点が必要であるという理由づけとともに説得を試み、断れない状況を作るという工夫も行った。他にも、どの競技団体でも深刻な問題である競技人口の減少なども引き合いに出しながら、女性役員を登用するメリット、その効果などを併せて説得した。
そのような取り組みの後、女性役員が増えてきたら、まだ女性役員のいない団体には周囲の現状を示し、取り組まざるを得ない状況を作っていった。その結果、「女性役員0の競技団体をなくす」という目標に大きく近づいている。
苦労したこと
女性役員登用にあたりイエスマンであったり、喋らないような女性を据え置き、「女性は何も喋らない」というようなレッテルを貼ることがあった。そのようなことを防ぐためにも、女性役員に対し、責任感や自覚を促すような指導も合わせて行った。また、女性役員同士のネットワーク構築のため、JOCが集まる場を作るなど交流の機会も作っている。
ルールなど明文化することの重要性
ルールで定めてしまう、ということは非常に大きな影響を持つ。現在は女性活躍を目指す社会情勢からも追い風であるが、いつまでこの追い風が続くかわからない。追い風が吹き終わった後も継続して、社会で女性が活躍するために、今のうちにしっかりと自分たちの地固めをするという意味でも、ルールなどで明文化することが重要であると山口氏は語った。それは後続の女性人材の助けともなる。そのためにも、結婚や出産などを経験した女性人材を役員に登用し、自身の経験をもとにした政策づくりが必要であると述べた。
どのような人を巻き込んだか
小谷実可子氏、高橋尚子氏といった競技での成功を契機とし、引退後も含め外部から高く評価されている人材を巻き込んでいった。そのことで、競技関係者たちが要望を聞かざるを得ない状態を作りあげたという。またそのような人たちの発信力の高さから、世間の注目を集めるといった外圧を使うことも有益であると語った。このように、山口氏はアスリートとして活躍した人材は引退後も影響力のあるポジションに就き、発信していくことが使命であると考えている。
JOCはアスリートに対し、発言力やインフルエンサーとしての自覚を促す人材育成を行うことも重要な役割であると自覚している。アスリートとしての高い実績をもち、影響力のある人材は競技団体としても使わざるを得ないため、アスリート委員会とも協力しながら次のジェネレーションからリーダーを作っていくことで、さらにスポーツの価値は高まると述べた。
課題:他団体との連携、課題の共有
現在では、順天堂大学、日本スポーツ振興センター、日本スポーツ協会など様々な団体が女性とスポーツの問題に取り組むようになった。各団体が並行して取り組みを行うことで、気づきの機会を増やすことにつながる。一方で、それらの団体との連携が不十分であることから、タスクフォースなどを策定し、連絡協議会などの場を持つことも今後の課題であるとした。また、現在は取り組みを行っていない団体とも、女性スポーツは各団体をつなぐ横串となりうるトピックであるため、連携のきっかけとなることも期待している。
今後の目標、展望
最近ではJOC加盟団体規定も改訂され、組織が男女対等な構成であることを1つに挙げている。今後はガバナンスコードの策定も進め、要件を満たしていない団体は加盟できないというシステムづくりも構想している。また、情報の受け取り手が効率よくアクセスできるような、リソースの集約も進めていきたいと語った。今後、女性役員0の団体を無くすことの次に目標としたいこととして執行部(会長、副会長、常務理事、専務理事など)に必ず女性を1人入れる、ということを挙げた。
今までの取り組みを評価するとしたら75点、2020年に向かってスピード感を持って、追い風の状況のうちにやらなければいけないと感じている。